Everything You Touch – Smokey Robinson|ずっとそばにいた音。
≋ Gentle Waves no.9 ≋
Smokey Robinsonが、そっと教えてくれた。
・Prelude|名前よりも、心が先にふるえた。
・Drift|知らないままで、ちゃんと知っていた
・Coda|ふいに重なった──その名前と、わたしの記憶。
Prelude|名前よりも、心が先にふるえた。
初めて聴いたとき、
ドラマチックなその数秒のイントロに、心がふるえた。
歌い出す直前にふっと通り過ぎていく、水の流れのようなやわらかい音。
そのさざ波のように広がる音に、いざなわれたような気がした。
これまで何度も聴いていたのに──
曲の名前も、歌っているひとの名前も、知らないままだった。
でも、不思議と知ろうとは思わなかったし、あまり気にも留めなかった。
この音が心地よくて、こころに響いていれば、それで十分だったから。
強くもない、甘すぎもしない。
やさしくてどこか中性的で、感情が“まぶたの裏”にあるような、あの声。
耳に届くたび、余白にただようぬくもりのなかに、
ふと、言葉にならない切なさがゆれていた。
それが、わたしの中に長く残っていた理由だったのかもしれない。
あのときからすでに、
この音はわたしにふれていたのだと思う。
なんとなく名前も知らないままで、
でも、なぜかずっとそばにあった音。
Drift|知らないままで、ちゃんと知っていた
この曲は、父のカセットテープから録音されたMDの中にあった。
曲名もアーティスト名も書かれていなくて、ただ番号が振ってあるだけの曲たち。
でも、わたしはそれを気にすることもなく、
心地よさのままに、何度も何度も、その曲をくり返し聴いていた。
名前がなくても、感じられるものがそこにあったから。
サビを聴くたび、うすうす気づいてはいた。
きっと「Everything You Touch」が、この曲の名前なんだろうなって。
けれど、名前を調べようと思ったことはなかった。
誰が歌っているのかも、知らないままでよかった。
名前や姿じゃなくて、
音としての“ひとつの色に決められないやさしさ”が、
ただこころに残っていたのだから。
こうして、何年も、その音が寄り添ってくれていた。
少し前──
わたしは、ブログを始めようかな、と考えていた。
もし始めるなら、この曲は、きっと書くだろうな。
──そんな気がして、ふと、父に聞いてみた。
「これ……なんていう曲だったっけ?」
そうして、わたしは、曲の名前も、歌っている人も、知った。
知らないままで、よかったのかもしれない。
Smokey Robinson──と知ったとき、
「ああ、あの人だったんだ」なんて、誰かに言えるほど詳しくなかった。
むしろ、この一曲だけが、わたしの中のSmokeyだった。
でも、それだけでよかった。
この曲の、空気にとけるような、やわらかい声だけが、
ずっとわたしの記憶に重なっていたのだから。
……いや、正確には声だけじゃなかった。
ドラマチックなイントロ。
歌いだす直前の、まるで深い湖に小石を落としたような、
心の奥を揺らすようなベース音。
曲の途中でふっと訪れる、サックスの間奏。
──ひとの声よりも、もっと深く感情にふれてくるような響きに、
こころの奥が、やさしく締めつけられるようだった。
そのあとの、気づかないほどのわずかな転調。
まるで、波の高さがひとつ分だけ高くなるように──
感情がすこしずつ、未来へ向かって動き出していく。
そうだった。
わたしは、この曲と、きっとずっと前からちゃんと出会っていたんだ。
──Everything You Touch
その音たちは、たしかに、わたしの心にもふれていた。

Coda|ふいに重なった──その名前と、わたしの記憶。
もう、あれからどれだけの月日が流れただろう。
あのころ──
父がテープから録音したMDの中で、
名前も知らずに、ただくり返し聴いていた音。
それは今も、ふとしたときに、そっと胸にふれてくる。
名前を知っても、その音が失われることはなかった。
むしろ──
やっと名前と記憶が重なったとき、
その音が持つ意味が、すこし深まった気がした。
音楽は、名前を知ってもなお、そこにありつづけた。
変わったのは、たぶん、わたしのほうだったのかもしれない。
でも、こうしてことばにできたからこそ──
あの音は、今も誰かのこころにふれていく。
今こうしてことばにしている今も、
この音は、ずっとわたしのそばにあったんだと思う。
🎧 1990年。
ざわめきが落ち着きはじめた、静かな時代の入り口。
包み込むような声とやわらかな音が、そっと心を照らす。
ふれたものすべてが、少しだけ、やさしく輝いて見えた──。
♫ Everything You Touch – Smokey Robinson
・Year: 1990
・Album: “Love, Smokey”
・Genre: AOR/Soul
・Writers: Stephen Elliot Werfel, Pamela P. Reswick